pú のものさしでは、 duō fēn jūn を cè る shì はできなかったんだろう
僕のものさしでは、多分君を測る事はできなかったんだろう
xī 、 jūn が zhù んでた guó dào èr hào yán いに pú は lái ています
昔、君が住んでた國道二號沿いに僕は來ています
しょうもない shì で pú が jūn に、 yí いばかりをかけてた shì が
しょうもない事で僕が君に、疑いばかりをかけてた事が
ここに lái ると、 zì fēn のバカさが gǎi めて tòng gǎn できます
ここに來ると、自分のバカさが改めて痛感できます
jūn はあれから、どんな sī いをしながら shēng きているのでしょうか
君はあれから、どんな思いをしながら生きているのでしょうか
pú は duō fēn 、 cì の bǐ nǚ が chū lái るまで duō fēn jūn の shì が hǎo きでいると sī う
僕は多分、次の彼女が出來るまで多分君の事が好きでいると思う
あぁ jūn よ xìng せになれ やっと pú は sù zhí に sī えた
あぁ 君よ幸せになれ やっと僕は素直に思えた
guó dào èr hào xiàn を jiàn て、やっと pú は sù zhí になれた
國道二號線を見て、やっと僕は素直になれた
jīn rì は jūn とよく xíng った、ラーメン wū にでも xíng って guī るとするよ
今日は君とよく行った、ラーメン屋にでも行って帰るとするよ
jūn と fù き hé えたあの rì の shì は、 pú は duō fēn yì shēng wàng れられないだろう
君と付き合えたあの日の事は、僕は多分一生忘れられないだろう
なんせ pú の rén shēng で、 chū めて zì fēn の lì で dòng いていけたと sī うから
なんせ僕の人生で、初めて自分の力で動いていけたと思うから
sī い chū になってしまった shì は、 yuè rì が jīng つにつれ měi huà されるから
思い出になってしまった事は、月日が経つにつれ美化されるから
これからもっと jūn との chū huì いを、 sù qíng らしかったと sī うに wéi いない
これからもっと君との出會いを、素晴らしかったと思うに違いない
rén と rén とが fēn かり hé うなんて、ありえないと sī ってた pú を
人と人とが分かり合うなんて、ありえないと思ってた僕を
bǎi èr shí dù ぐらい biàn えてしまった jūn は、 pú の xīn の běn dāng に wěi rén でした
百二十度ぐらい変えてしまった君は、僕の心の本當に偉人でした
あぁ jūn よ xìng せになれ やっと pú は sù zhí に sī えた
あぁ 君よ幸せになれ やっと僕は素直に思えた
guó dào èr hào xiàn を jiàn て、やっと pú は sù zhí になれた
國道二號線を見て、やっと僕は素直になれた
でも、やっぱり cì の bǐ nǚ ができるまで jūn が hǎo きだろう duō fēn
でも、やっぱり次の彼女ができるまで君が好きだろう多分
guó dào èr hào xiàn の、 fēng jǐng はあの qǐng と tóng じで
國道二號線の、風景はあの頃と同じで
pú は jiǔ jiǔ にここに lái たら、なんかホッとしてしまった
僕は久々にここに來たら、なんかホッとしてしまった
jūn よ xìng せに èr hào xiàn の dào のりのように cháng い rén shēng を
君よ幸せに 二號線の道のりのように長い人生を
( rén jiàn は hé が běn dāng に xìng せか、 hé が běn dāng に liáng いのか)
(人間は何が本當に幸せか、何が本當に良いのか)
(ということは、まだまだ fēn からずに pú は shēng きているわけです)
(ということは、まだまだ分からずに僕は生きているわけです)
(でも、あなたとのあなたとの sī い chū を)
(でも、あなたとのあなたとの思い出を)
(ちょっとでも liáng いものにしたいなと、 sī うわけです)
(ちょっとでも良いものにしたいなと、思うわけです)