qì てる shén あれば zhù ける shén と sī い lì ったが jí rì なもんで
棄てる神あれば助ける神と 思い立ったが吉日なもんで
ruò り mù suì (たた)り mù shēn から chū たサビの zì fēn の rén shēng sǔn して dé qǔ れ
弱り目祟(たた)り目 身から出たサビの 自分の人生損して得取れ
rén は jiàn かけによらぬもの qíng けは rén の wéi ならず そのうち
人は見かけによらぬもの 情けは人の為ならず そのうち
xiù すり hé うも tā shēng の yuán と bǔ らぬ lí の pí suàn yòng
袖すり合うも他生の縁と 捕らぬ狸の皮算用
qiān lǐ の dào も yí bù より qǐ これば うかうか sān shí きょろきょろ sì shí
千里の道も一歩より起これば うかうか三十きょろきょろ四十
jí (せ)いては shì を shì sǔn じるけれども táo した yú は dà きいものだ
急(せ)いては事を仕損じるけれども 逃した魚は大きいものだ
mǎ に chéng って jiàn よ rén に tiān うて jiàn よ lùn より zhèng jù だ wù はためしだ
馬に乗って見よ人に添うて見よ 論より証拠だ物はためしだ
ǎn もお qián もひとつ xué のムジナ péng からボタもち luò ちて lái い
俺もお前もひとつ穴のムジナ 棚からボタもち落ちて來い
yuán は yì なものとヒョウタンからコマ xiā (えび)で diāo を diào る dà dāng たり
縁は異なものとヒョウタンからコマ 蝦(えび)で鯛を釣る大當たり
shèng ってカブトの xù を dì めるどころか dú を shí らわば mǐn までねぶる
勝ってカブトの緒を締めるどころか 毒を食らわば皿までねぶる
diào zǐ に chéng ったら shāo け shí に shuǐ rén の yì jiàn も mǎ の ěr に niàn fó
調子に乗ったら焼け石に水 人の意見も馬の耳に念仏
kǒu も bā tǐng shǒu も bā tǐng xiào う jiǎo には fú lái る
口も八挺手も八挺 笑う角には福來る
lè は kǔ の zhǒng kǔ は lè の zhǒng rén jiàn wàn shì sāi wēng が mǎ よ
楽は苦の種苦は楽の種 人間萬事塞翁が馬よ
èr dù ある shì は sān dù あるどころか fó の yán も sān dù まで
二度ある事は三度あるどころか 仏の顔も三度まで
jǐng の zhōng の wā (かわず) dà hǎi を zhī らず wǒ shēn をつねって rén の tòng さ zhī る
井の中の蛙(かわず)大海を知らず 我身をつねって人の痛さ知る
yóu duàn dà dí yí shì が wàn shì táo lì sān nián shì bā nián
油斷大敵 一事が萬事 桃栗三年柿八年
dài てば hǎi lù の rì hé あり やっと quǎn も bù けば bàng にあたって
待てば海路の日和あり やっと犬も歩けば棒にあたって
guài wǒ の gōng míng shí rén shí sè ついに guì mǎ の gāo shàng がり
怪我の功名 十人十色 ついに桂馬の高上がり
hǎo きこそ wù の shàng shǒu なれですと shèng てば guān jūn mǎ zǐ にも yī zhuāng
好きこそ物の上手なれですと 勝てば官軍 馬子にも衣裝
dài すりゃ chún するこの shì の zhōng で chén も jī もれば shān となる
貸すりゃ純するこの世の中で 塵も積もれば山となる
zhù にも bàng にもかからぬ yì shēng nǎo ある yīng は zhuǎ yǐn すなんて
箸にも棒にもかからぬ一生 脳ある鷹は爪隠すなんて
zì fēn で shèng shǒu にホザいちゃいるけど shì の zhōng shàng には shàng がある
自分で勝手にホザいちゃいるけど 世の中上には上がある
zhuàn ばぬ xiān の zhàng にしがみついて dì yù で fó を dài つうちに
転ばぬ先の杖にしがみついて 地獄で仏を待つうちに
zhī らぬが fó なんて yán われぬ yàng lǚ は dào lián れ shì は qíng
知らぬが仏なんて言われぬ様 旅は道連れ世は情